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Archive for 2月, 2006

孤独から安らぎへ

木曜日, 2月 23rd, 2006

本当は、私の中にあったソワソワと落ち着かない感覚は、ずっと前からあったんです‥。でもどうしても向き合うのが怖くって、どんどん後回しにしてたんです。でも、こんな時もあります。それもタイミングだと思うし‥。
実はちょうど1年前くらいに、渡されたものがあって、その時は「そんなのいいよ〜」って軽い気持ちで無視してたんだけど、今思えば結局は怖くて手が出せなかったのね‥。でも、今日の午前中は自分のために、しっかりとワークをしてみて、1年前やってもきっと感じられなかったものが、私のなかで広がると同時に、「怖くて暴れてたもの」は癒されてすっかりとなだめられました。
こんな癒しを自分の中で体感できたのは、とてもひさしぶりで‥すごく落ち着きました。これを定着させて、私自身も皆さんに深い癒しをもたらせられるように‥精進したいと思います。

やっぱり私は感謝がたりないのだなぁ‥と、こんなことがある度に思います。日々、感謝しても感謝してもつくせぬ思い‥それはやっぱりこの世に命を与えてくれた両親への愛です。それを生きている限り何度でも受け止めて、私も次の世代に残していきたいと、あらためて思いました。
私たちはたった一人で生きている訳では決してないんです。「私1人で生きている」という顔をしているのは(私も昔からそうでしたが‥)、周囲への甘えや幼さ、依存からきていると思います。本当は寂しく、誰よりも甘えたい‥その思いを素直に認めて癒せるといいですね‥。

セッションではよくお話してたのですが、自分のこころからこんな風に受け止められたのは、初めてかもしれません。自分の身体が「ここにある」という感謝、どんな方との出会いも大切に、そして‥やっぱり自分の中から溢れる希望や愛は見失わず、日々を精一杯自分らしく生きていきたいです。
こんな風に、私に気づきをもたらしてくださった方たちに、こころから感謝します‥。

闇とむきあうとき

水曜日, 2月 8th, 2006

みんなそれぞれ、自分のこころの暗く、目を背けたい部分と向き合うときがきます。
それは辛く、重苦しいものだけど、「新しい始まり」‥実は希望に満ちたもの、現状を打破しようとする勇気の賜物。
一度踏み込んでしまったら決して逃げることはできない。
「見ないふり」をすることはできるけど、それはさらなる苦しみを生み出すことになってしまう。
怖れて、怯えて、頑なになってしまったこころをほぐすことは難しい‥。

負けてはいけません。
ハートが溢れるほどの力強い絆と愛を
希望への光を‥満たし続けましょう。

どうか祈り続けましょう。

渾身の勇気を得るために
永遠の愛を受け取るために
神なる愛と一体となりますように。

たったひとりではないことを忘れないで‥。
何があろうとあなたは見放されることはないのだから。

あなたを唯一の愛へ導くこと‥そのために私たちは存在します。

希望にむけての出発。

金曜日, 2月 3rd, 2006

昨日は美容室でひさしぶりに癒されてきました。う〜ん、気持ちよかった☆
私の切ってもらってる美容師さんとのお付き合いは、もう12年くらいかな‥。昨日ひさしぶりに会って、髪を触ってもらって、とっても大切にされているのを感じて嬉しかった^^やっぱりこの方しかいない!みたいな(笑)昔から私が何も伝えなくても感覚で感じてくれて思うようなスタイルにしてくれるという‥信頼関係が心地いい。長いおつき合いだからいろんな私を垣間みてくれているし、会うとなぜか安心する人です。

美容室に向かう途中に、去年の今日を思いだしました。
ちょうど1年前のわたし。新しい出発への怖れと不安と悲しみと‥‥ネガティブな気持ちが一気に集結したような固まりを背負って札幌に着いた。雪祭り前の札幌は一番寒い時期。春は近し‥でも、なんでこんな時に来ちゃったんだろう‥ってそれだけで、それだけで後悔しそうになって、とっても疲れた。でも、それをかき消すくらいの強さで、自分のこころから放たれる希望や勇気もあった。あの頃の私、ヨレヨレだったけど、ほんっとに強かったな〜なんて自分に拍手しちゃう(笑)。
今日の厳しい寒さが、あの頃の私に一瞬タイムスリップさせて、いろんな思いが一気に蘇ってきて涙が出たけれど。握っている子どもの手が大きく、強くなっているのを感じたら、申し訳ない気持ちと、元気に大きくなってくれていることにホッとして‥とても感謝した。この子のこころの中にはどれだけの悲しみがあるのかなぁ‥と考えたら、自分が崩壊するくらい落ち込んでしまうから今はしないようにしている。でも、成長していく段階で、いつか私も一緒に向き合う日がくるんだろうなぁ‥と覚悟している。

両親がやむなく離れて成長した子どものこころが、どんな風に残って大人になっていくのか‥、私はよくわかっています。そのことがひっかかっている方がたくさんウチにはくるから。親のこころ、子どものこころ、2つの痛みが私には自分のことと同じように感じられています。親子の絆を癒すセラピーが、皮肉なことに私が得意だったりするのは、自分でいろんなことを学んでいるからだろう‥と思う。でも自分の勝手で、絶対に子どもを犠牲にしてはいけないと、それだけはいつもこころに置いてあります。
夫婦が別れてしまうのは、その背景にいろんな理由があるから、たとえ自分の親でも、友人でも、他人でも絶対に理解するのは不可能だと思うし、理解してもらう必要はないと思う。ただ親には、一緒に苦しみを感じたり、心配させたり、悲しい思いをさせてしまうのは、こころから「ごめんなさい」という気持ちでいっぱい‥。
子どもの為を考えて、愛がなくなってしまった夫婦でも一緒に暮らすのが良いのか、思い切って別れて両親の不調和を感じさせない方がいいのか、どちらがいいかなんて親にその判断は難しい‥。子どもにとっては両親がそろっているのがあたりまえなのだから。でも、どうしても離れなければならない夫婦もいるし、現実には年々増加しているし、そんなに珍しいことじゃない。
一緒に暮らせていなくてもセラピーで親子の絆を受け取ることはできます。子どもに対する責任は、親は背負わなくていいと思う。こういう問題に直面した時に、夫婦の絆、子どもとの絆を「自我ではない意識、本質」で見つめると、
「なぜ、こういう結果になったのか、なぜ離れなければならなかったのか、なぜ子どもがきてくれたのか?」全く違う視点からメッセージがみえてくる。でも、突き詰めるとやっぱりこれしかなくって、それぞれが「自分がどう生きたいか」と選択すること。

少し振り返る余裕ができたのは、 ほんのすこし時間が経った証拠。あの頃に取り残された私が残っていたんだけど、もう本当に前を向くしかない。
今日は2年近く伸ばした髪を切ってもらって、気持ちもスッキリ。あ〜ほんとに覚悟を決めよう!と、気合いが入った感じかな。
私が悲しむと、周りも悲しむ。私が笑顔でいると、周りも笑顔。私が不幸せだと、周りも不幸せ。私が幸せを願えば、同じようにみんなが自分の幸せを願うようになる。とっても自分勝手かもしれないけれど‥今、現実はそのように見えている。
みんな苦しむために産まれたんじゃない。自分らしい幸福と愛を感じるために、産まれてきたんです。そして、誰もが願えば絶対にその人生を手にすることができると信じています。
私は、いらない苦労はしなくてもいいけれど、自分の学びに必要な苦労はどんどんした方がいいと思っています。そこから逃げてはダメ。そこから抜け出す勇気をもとう。もっと楽しく生きるために今年は「頑張り年」ね。自分のこころと身体、磨く努力はずっとずっと続けよう☆